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舞台 「アリスインデッドリースクール 楽園」を観て

8月某日、私は定時で職場を出て池袋の小劇場に向かった。

舞台「アリスインデッドリースクール  楽園」を観るためだ。

 


きっかけはツイッターのフォロワーが書いた昨年の同公演の感想記事を読んだこと。

私は元々観劇が好きな方なのもあり、興味が湧いた。

ちょうど職場から劇場が近いのもあり、プレイガイドからチケットを取った。数日後にそのチケットは完売していた。

 

以下、ストーリーのネタバレがあります。


■アリスインプロジェクトデッドリースクールとは


ガールズ劇団「アリスインプロジェクト」によって、曰く「デッドリーシリーズ」として上演されている。今年2018年は8年目。

aliceinproject.com

 

またこれは後から知ったことだが、毎年のデッドリー公演はサブタイトルがそれぞれ付いてはいるが特に続き物ではないらしい。

 

私は敢えてほぼ内容の予習をせずに観劇することにした。

往年のファンなら体に染み付いているストーリー展開。それをリアルに楽しめる唯一絶好の機会だ。

とは言えキャストや会場の確認のため、公式のツイッターやホームページは何となく見た。

それらのぼんやりとした情報から、これはホラーもしくはサスペンス系、そして学園ものだと理解した。

会場アナウンスがスタッフ及びキャスト演じる役の音声でなされた後、いよいよ開演だ。

 


■オープニングで「勝ったな」と思った

導入、オープニングとして登場人物が言葉を交わしていく。

みなさんかわいいのだが、ちゃんと学生特有の「芋さ」があるのがすごい。

あとこれは今後の場面にも言えるが、このちょっとした場面でそれぞれのキャラクター性が伝わるんだよなあ。

 

そして始まる怒涛の展開。日常が壊れる瞬間。

流れるようにオープニングテーマに合わせ歌とダンスが始まる。

正直、ここまでで一息ついたとき「勝ったな」と思った。ヒュー!やってくれたな!という感じ。

ストーリーを知らなかったので何が起きているのか本気でドキドキした。それはキャストの驚き、叫び、恐怖に震える演技の力だと思った。

そして歌とダンスにも見惚れた。素人なので何が凄いとかはあまりわからないけど、迫力を感じた。

パッと見でキャスト全員の動きの角度や止めが揃っているので、全体を一つの大きな波のように見られると言うか。遠くても近くに感じる。シンクロナイズドスイミングを見ているイメージに近い?

歌も一番奥の席まで圧が響いてくる。

 

 

■屋上で繰り広げられる「ゾンビパニック物」

アリスインデッドリースクールは簡単にくくれば「学園」×「ゾンビパニック物」だ。世界観設定としてはよくあるパターンだと思う。

「ゾンビパニック物」。私はこの系統が好きだ。アニメも放映された「がっこうぐらし」や、海外ドラマなら「ウォーキング・デッド」など。世界的に有名な作品を忘れてないか?とお思いだろうが、私はあの作品をまともに見た事がなかったので言及しないでおく。

現代世界にゾンビやそれに準ずる存在が突然出現し、日常が変わる。別れと新たな絆。交わることの無かった登場人物同士のサバイバル生活、逼迫した環境における感情の衝突あるいは孤独。仲間がゾンビになったとき、どうするのか─。

人同士のリアルな感情の動きにドキドキするし、何だかんだ生死について前向きに考えるきっかけになるから好きなのかもしれない。

 

このアリスインデッドリースクールでも、そんな場面が数多くあった。

ただ私がハッとしたのは、演劇という場のある種当たり前なドラマチックな展開に対し「死」がまっすぐにやってくるシーン。もちろん死んでしまう原因は負傷なのだが。

その女の子は静かに息をひきとる。まさに「息をひきとる」と言ったところで、僅かに発していたささやき声がすぅ……と消えてしまう感じ。

あ、本来人が死ぬのってこんなに呆気ないし、舞台の登場人物達への慈悲もないんだよなあ……とショックを受けてしまった。

私も人が死んでしまったときに遭遇したことはあるものの、つい忘れてしまっていた。


■毎年、毎公演同じ世界線を繰り返す「デッドリー」

 

毎年同じストーリーとは、つまりキャストや演出周りこそ違うものの、毎年同じ世界線を繰り返し上演しているということだ。

(そんな中今年は「アリスインデッドリースクール外編 最果ての星」が当作に続いて上演された。

当作から続いた世界線で新たな登場人物が現れるという、当シリーズ内ではだいぶ珍しいことなのではないかと思う)

 

これは一定規模の劇ではある種当たり前の話だ。複数公演で場所や時を変えながら役者は同じストーリーをなぞる。

毎年同じストーリーの公演とわかっていても、こうも毎年毎公演と普通の女の子が亡くなってしまうのを知っていると、対象が物語の登場人物だとしてもなかなか心が痛む。

 

なぜこんな話を改めて出したかと言うと、本舞台は物語中にパラレルワールドに言及しているから。

「この非日常はあくまで分岐の一つの世界線として、だとしたら同じ時間軸で日常を過ごしている世界線もあるはず」と考察する科学部員の独擅場もある。

 

導入やその後世界が一変してからの平和な夜のシーンを合間に挟んだからことによって、それを垣間見た私たちも希望を求めてしまう。

そして舞台の幕が下りるとき、「また」同じだった、日常の世界に戻ることができなかったという思いが湧く。

実際私は、終盤のあるシーンでこの「日常の世界に戻ったこと」をかなり期待したし、一瞬は本当にそうだと信じた。

だがそれは、少なくとも主人公が生きている現実ではかった。

 

現実はつらい、物理的にも精神的にも。今の私からじゃとても想像もできない。

それでも彼女たちは生きている、強さを持ってこの非現実のような現実に立ち向かっている。そんな姿が輝いていました。

また登場人物同士の関係性の変化も見ていて楽しいというか、エモーショナルというか……。生死が関わっているからこそのぶつかり合いや思いやり合いの気持ちに心打たれる。

 

なお途中言及した「アリスインデッドリースクール外編 最果ての星」もこの2週間ほど後に観に行った。こちらも大変良いものでした。

 

「アリスインデッドリースクール」、来年もぜひ観劇してこの「現実」を見届けたいと思う。

 

alicein.info

なお1月は「悪魔inデッドリースクール」という、またメタな視点のデッドリーを楽しめるようで。

時間さえ合えば行こうかな。