suimin-ing-days

一に睡眠、二に睡眠、三、四睡眠五睡眠

誕生日なので、改めて人間関係について

今日で私は誕生日を迎え、24歳になる。

別に誕生日だからって、1つ歳をとったからって何も変わるわけない。それでも24年前のこの日に私は生まれたのだという事実は確かにあるんですよね。

近況代わりに近頃悩んでいることを書いてみます。生まれた日にこんなブログ書いて、って思うかもしれませんが…有給休暇を取得して3連休になったのでやっと心が落ち着いたんです。近頃と言いましたがよく考えると人生の至るところで頻繁に悩んでいます。そう、人間関係です。

24歳。いい大人なんだから人間関係もスマートにこなしたいですが、そうもいきません。単純に口下手というのは認める。これはなんとかしたいと思っているので、会話レッスン等ご存知の方いらしたら情報ください。

何となくの区切りとして30歳までに人との関わり方を上手く、というか自分が納得する形でできるようになりたいですよね。

 

人との関わり方がわからない→考えても一周回ってわからなくなってきた

非常に乱雑な見出しで恐縮です。まじでわからん、人間関係構築。プライベートか職場上かで話も変わってくるところですが、とりあえずどっちも含め全体的な話で行きます。どっちも根底にあるのは「(いい人に対しては)うんと仲良くしたい」です。今風に言うと「つながりたい」、もう少し細かく言うと「相手の人生の登場人物になりたいし、私の人生の登場人物になってほしい」です。

ここまで書くとロマンチストかな?重いかな?という感じもしますが……人の人生の一部、というなら人と人が一言会話した時点で一部の1000分の1くらいにはなってると思うんですよね。私はそこからもう一歩踏み込んで、お互いに影響し合える関係を持ちたい。有難いことに友達と呼べる人は数人いるので、もっとお互いを開示した上で話し合える関係になりたい。

乱暴に結論を言うと、人との関わり方なんて「やりたいと思ったことを相手にアクションする。そうしたら合う人はついてきてくれるし、いつの間にか良好な関係になっている」なんですよね。頭ではわかってはいます。

しかし考えずにはいられない。質が悪いのが考えているばかりしていざ「"今"なんだろうな」と思うときに、アクションが取れない。いやきっと10回に2回くらいはできていると思うんですが、人間出来なかった後悔の方が記憶に残るよねという。

 

これまでの人間関係とかどうだったか

生まれてから積み重ねた月日の間、当たり前ですが人間関係でも、それ以外でも凡人なりに色々ありました。

ちょうざっくり振り返ってみますか。

幼稚園時代……甘やかされていたので楽しかった。でもこの頃から父の怒っている声は嫌だった記憶もある。

小学生時代……小学校3校を渡り歩いた。小学生ながら大人と子供の悪い部分を知ってしまい、人間全般が少し怖くなった。(それまでがピュア過ぎたのかもしれない)昼休みはよくプランターサクラソウを見たり、図書室でブラック・ジャックを借りて読んでいた。最後の小学校では特定の仲の良い子ができたので、それでよかった。

中学生時代……学校がすべての世界で、治安が悪かったのもあり苦しいことが多かった。治安が悪いながら小学校からの優しい友達がいたのが救い。この頃からすでに形成された会話に入っていけない節があった。苦楽どちらも記憶がたくさん残っている。

高校生時代……中学卒業を期に引っ越したので、私を知っている同年代の人は高校にいなかった。気がつくと友達の作り方がわからなくなっていた。電車通学になったこともあって世界が広がった感じがした。1人で過ごすことが多かったが、周りの人は何も言わずに普通だった。驚いたが、有難かった。1人は気楽だった一方、たまに寂しくなった。人と過ごした思い出が少ないからなのか、記憶がなかったり中学生時代の記憶と混ざったりする。

大学生時代……都内の大学に進学した。これまでの知り合いはいない。サークル二つ、学部の講義内コミュニティ、バイトなどで関わる人が増えた。友達もできたが、いまいち距離の詰め方がわからず、ようやく最後の年に宅飲みや旅行に誘ってもらって行った。講義の中にはグループの中の個人の性質や振る舞いを振り返って考えるものがあって、勉強になったしそれまでより生きやすくなった。大2の頃の真面目な講義内グループワークで「これは私が発言しないとだめだ!」と一念発起し、このとき久方ぶりに思っていることをスムーズに出すことができた。以降も特定のグループでは割と同様に振る舞うことができたと思っている。

社会人〜現在……厳しめの新入社員研修を経て同期の人と仲良くなった。でも一応仕事で知り合った人だし、友達と呼ぶのはいかがなものかと思っている。それ以外は仕事で仲の良い人……まあできないですよね……一般的に言われていることではありますが。今まで関わった友達と呼べる人は、こちらから連絡をしたりしなかったり、向こうから連絡が来ることも少しありました。久しぶりに会って話して、これはこれで十分楽しくて大切な時間でした。

✳︎
こんな風にざっと振り返ると、

私の中で「友達の作り方が中学生時代以降わからなくなっている(中学生の時は小学生の頃にできた友達と一緒にいたので)」ものの、

大学生時代から少し踏み込んでいくこともできるようになってるのかなと思います。


自律とつながり、両方持ち合わせていたい

高校生くらいの頃でしょうか。私はもう一人で生きていくつもりでいました。友達出来ないし。でもやっぱり、寂しくなってしまいました。人とのつながりがほしくて。

現在の私はこの「一人で生きていく」の意味合いが変わって、自分の人生を舵取っていきたいと思うようになりました。(どんなに仲が良い人がいたとしても、結局意思決定するのは自分ひとりと考えるようになったため)

総括すると、自律して生きていくことは確立しつつ、人と深くつながりたい。そんな思いがありながらアクションが取れない、思い悩む。

ただここまで書いて、自律と他者とのつながりって両立が難しいのかなと思いました。人と深くつながることは強い依存を招きかねないですからね。私はそれを恐れて、自律を守りたくて無意識につながりが深くなり過ぎないようにしているのかなあ。うーん、思い当たる節があります。

また恐れて、という観点だと私は割と警戒心が強い方です。運動神経がすこぶる悪いし、のろまで筋力もないので男女問わずほとんどの人に襲われたらひとたまりもないと思っています。加えて人は怖いと思っているので「本当にこの人を信じてもいいのか?」というGOサインが出るまで自己開示はなかなかできません。今までの経験則では、ちょっとこの人は信じられないという人は第一印象でティンと来ています。この直感を信じて、GOサインを出す判断をもう少しゆるく、早くできるといいかもしれないですね。じゃあどうすればいいのというと心の中の話なのでパッと出せませんが……


結局は独り、それでも。

段々何が言いたいかわからなくなってきたので、締めたいと思います。

これだけ深くつながりたい、人と仲良くしたいと書いてきましたが、悲しいことに人間はどこまでいっても最終的には独りなんですよね。

一つの身体に自分の心や境遇、記憶を背負って生きていくしかない。人類はまだテレパシーができないので、人と気持ちを分かち合うときは一つずつ言葉で伝えるしかない。一時的に深くつながっても、離れるときは来る。その期間や頻度に差はあれど。

それでも、つながっていると感じるときは幸せだろうし、相手の心の中を深く知ることができたら嬉しい。そして自分の心から出したものも受け止めて、知っていてくれたら安心する。そんな風に定期的に感じられたら、少しはこのどうしようもない寂しさも紛らわすことができるのかなと思ってます。

これは相手が居ないとできないことです。だから人ともっと仲良くしたいと思うのです。そのために人といろいろ関わって、もちろんその過程も楽しんで「人と深くつながることのできる人」になりたいです。

社会人1年目の感想

気が付いたら社会人になって1年が経ってしまった。

そこでこの一年間を振り返ってみようと思う。正確には4月から半期はほぼ研修だったから半分は研修の振り返りになってしまうのだけれど。
理由。いったん書いておくことでこの気持ちや今感じていることを後まで残しておきたい。書くことで区切りをつけて、またやっていきたいと思うから。

社会人はあまり区切りがない。一応年末だ年度末だ異動だ、月次資料を書いたり人事考課を受けたりしてはいるけど、そこで何があるという訳でもない。この流れで3年、5年、10年と一瞬のうちに過ぎ去ってしまうのが怖いのかも。

 

・「仕事をしている感覚」があまり無い

今の仕事はIT関係、職場は客先常駐、内容的にはプログラマ、テスター、システム保守要員といったものです。作業はしてるし時間分の疲労もあるんだけど、これでお金もらってていいのか?とふと思ってしまう。現在そこまで大変な業務もなく、スケジュールも余裕があって残業もしていないからかな…。
ただそこまで罪悪感というものは無く、はてな?不思議だな~という感じ。

大学生の頃1か月インターンでふらっと地方の小さな企業に居させてもらったことがあって、その時の感覚に近いなと思った。その時は業務!というより取材と提案と庶務の雑用をやってて、他の社員さんは各々の仕事をしてたので不思議な感覚でした。それは元々インターンの業務内容がそういったものだったのでそんなもんだと思ってたけど。

こんな感じで大学生の頃から引き続き実家生活なのも相まって、社会人としての意識~とか引き続き全く分からない。腕時計は面倒でも着けとくとか?着けてきてないですが…少し良い腕時計が欲しいと思いつつ優柔不断発揮して買ってない。
就活してたとき結果として行きたい企業には落ちまくったものの、就活留年はせず今の所に妥協した。そのときの言い訳が「箱入りなんだから、多少無理にでも早く社会に出ておいた方がいい気がする(あと留年する程行きたい企業もない)」だったので何だかな~という感じ。この言い訳の「社会」ってのも今思えば曖昧だな…。
そもそも仕事って何なんだろう、少なくとも私にとってどんなことだったら仕事だと感じられるのかがよくわかってない。私は仕事に対して勝手に崇高なイメージを持っていて、そのイメージのアップデートができていなかったんだと思う。今時リアルな仕事の様子なんて漫画で描かれているものも多いし、就活でいろいろな職場の仕事内容も聞いたりしてたのにね。

仕事が何なのかよくわからないけれど、逆に今の仕事も仕事と呼べるなら、もっと他の楽しそうなことも仕事にできるんじゃないかなあとか考えてしまう。今の仕事がまったく楽しくないわけではないけど、頭にはてなマーク浮かべたまま仕事するのって少し疲れてしまうから。自分で仕事を選んだら少しはこの違和感も変わるかなあ、とか。
とかのたまっている間に忙しくなって、あれこれ考える暇も無くなるのかもしれない。それはそれで仕事が忙しい、という状況を体が若いうちに体験しておきたいので望みとあらばお受けしたいですが。

・取って食われはしないけど

社会人になると、部やチーム内でまさに「取って食われる」と思っていた。研修が終わり常駐先が決まったときの私は「命日が決まったな…短い命だった」くらいの心持でした。新人へのいじり、いびり、様々なハラスメント、終わらない仕事を投げられる等々…そうでなくとも話が長いおじさん・おばさんくらいのしょうもない人はいるんだろうと予想してかかっていた。妥協して入った会社だし、新入社員ならば仕方ないとさえ思っていた。
しかし蓋を開けてみると、そんな人はいなかった。それどころか普通に人間としても同僚としてもいい人ばかり。驚きだ。そんないい人たちが何でこんな所で収まっているのか、もっといい待遇の所に行けるんじゃないか…と度々思う。これは入社同期の社員に対しても同じことを思っている。
そういう訳で、ある意味一番心配していた職場の人間関係は想像してたものよりずっと健全だ。ただ自分自身の問題として雑談が苦手、コミュニケーションの仕方に悩みすぎることが災いして、頻繁に自分で自分に失望して気持ちが落ち込んでしまう。自分で勝手に落ち込んで精神を摩耗するという、全く意味のわからない状況だが本当なのだ。その分、少しだけうまく話せたと思う日は気分がふわふわして、これはこれですぐ浮かれるのもどうかなと思う。

 

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 あまり書くとまた気分が落ちるのでこれくらいにしておくけど、「何気ないコミュニケーション」は私にとって一生の課題なのかもしれない。

・「仕事は仕事と割り切る」と決めた研修の終わりと、その後

書いていて思い出したが、みっちり外部で行った新入社員向け技術研修の最後のまとめで「仕事は仕事と割り切り、締め切りを守り仕事をこなすこと」を宣言したのだった。
上記の趣旨としては、「仕事は(個人の成長が目的ではなく、)求められた成果物を限られた時間で出すことが目的なのだから個人の感情(こだわりや好き嫌い)は切り分けるべき」ということだったと記憶している。研修で厳しい締め切りやまとまらないチーム開発をやり切ったからこその宣言だなあと思う。だからかあまりにも強くて、今の私にとっては当てはまらないかもしれない。
実際この趣旨を適用できるほどの状況にはなっておらずよかったと思う一方、文面だけ見た「仕事は仕事と割り切る」はあまりできなかった。仕事を終え帰宅し、シャワーを浴びているとき。眺めるものもないので考えを巡らせてしまう。あのプログラムはどうしようか、あの人と話したときもっとうまい返しがあったなあ、来週は知らない作業が始まるから気が重いな…みたいな。心の中はいつだって自由でありたくて、何なら業務中に全く別のことを考えていたいくらいなのに、これではまるでだめだ。いや、だめだと思うのもあまりよくないとわかっているんだけど…。
引き続き文面だけ見た「仕事は仕事と割り切る」を何とかしつつ、恵まれた周りの人を観察してもう少し自分をいい方向に変えたいなあ。


・時間が無い/無い時間の中で充実を求めるようになった

社会人は時間が無い。知っていたけど、本当に時間が無い。というより体力が無いと言うべきか。
仕事帰りにどこかに寄ってく気力が無い。というか展覧会や小さな店などはすでに閉まっているところも多い。定時で帰っても食事と風呂と翌日の準備を済ませたころには瞼が重い。では通勤時間を活用しよう!と思って本を読むものの、いつの間にか意識を失っている…。
もっと体力があって仕事終わりも気力が残っていて、睡眠時間を削っても翌日の業務に支障をきたさない体だったらよかったなと思う。そんな人は…見たことあるけど、忙しく年中風邪っぴきでギリギリで生きている印象だったからやっぱり難しいのかも。
そういった時間の限られた生活をしていく中で、大学生活で慣れきったたぐうたらは少し改善されたかもしれない。できる準備は早めにしておくとか、帰宅後の食事風呂の間のぐだぐだ時間を減らすとか…。土日の有効活用はまだまだで、相変わらず夕方まで寝てたりするんですがたまには昼に起きて縦になっています。これからもそこはがんばって善き休日を過ごしたいですね。

とりあえず仕事関係で時間が無いけどやりたいこと。Java Silverの資格を取りたい。受験料がちょう高いので参考書2冊買ってスローペースで勉強しているのに申込に渋ってる。いや本まで買ったなら受けよう!受けます。落ちても1回くらいは粘ります。
あとWordPressやってみたい。WordPressって流行ってるテンプレが決まってるのか何なのか見てすぐわかるし「いかがでしたか?」構文の温床になっているイメージがあるんですが、実際どうなのか触って確かめたい。ここの規約的に×××な話題も書き残したいし、研修で暇してた時にAWSWordPress載せるのやってたら仮想サーバー構築とか面白いなーと思って。夢は広がるなあ。

さてまだ月曜。週5フルタイムで働くことなく社会的・金銭的にどうにかなるような世界を願いつつ。

やっぱり、池袋がすきだ。

池袋がすきだった。何でもあるから。

食、服、映画、本、電化製品、話題のスイーツ。人は老若男女、私立小学生からセカンドライフを迎えた御人、オタクからリア充まで勢揃い。

凡人なのに「普通」に馴染めていないないと思っていた私にとって、この多種多様な人々がいるから紛れることができるという感覚は救いだった。

 

去年まで4年間、池袋の大学に通っていた。

大学生活はまさに猶予期間、モラトリアムだった。今思えばもっと何かを成し遂げることができたのかもしれないけれど、何より自分が変わった感覚がある。それは膨大なモラトリアムがあったからこその変化、だからこそ今の自分が存在すると思っているので悔いはあまりない。

そんな大学生活の舞台だった池袋。お金もないから店の開拓みたいなことはしなかったし、授業の合間なんかにただただ歩き回っただけ。けれどいつからか雰囲気として馴染みを感じるようになった。

自分でもどうしてこんなに馴染むようになったんだろうかわからない。やはり時間という、どんなエリート人間にもショートカットができないものの所為だろうか。

 

今はもう大学を卒業して、池袋に行く機会はだいぶ減った。定期圏外になってしまったのもあって、2、3ヶ月に一度行きつけになった美容院へカットに行くくらい。

有り余る自由を謳歌する大学生から今や一介の社員にはなったが、池袋は変わらずすきだ。

池袋の街を歩くと懐かしさからの安心感と少しの名残惜しさを感じて、心がほどけてゆく。終わりなんてないと思うほど長く、ゆるやかだったモラトリアムの日々。そのとき過ごした場所と同じ空気から当時を思い出し、自由な大学生に戻った感覚になる。ふとほんとうに時を戻したい気持ちにもなる。しかし、そんな夢みたいなことは不可能だ。それに池袋で歩いて、呼吸をして、積み重ねた日々は覆したくない。

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ふしぎなふしぎな池袋。東武も西武も、なんなら丸井とPARCOとLUMINE、それから忘れてはならないサンシャインシティもある大都会。でも駅近くの大通りから外れたら、少しばかり店のある、人が住む街だ。目立った建物は見当たらないし、あちこちを自転車が走り回る。

自転車にすれすれでぶつかりそうになりながら、歩く。

やっぱり、池袋がすきだ。

 

基本情報試験に合格したのでまとめ

基本情報(基本情報技術者試験(FE))に合格しました。

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やった!YATTA!
社会人になって初めての資格取得なので勉強方法や時間など不安な点もありましたが、ひとまず合格できて安心。
せっかくなのでやったことなど書くよ!

此度の基本情報勉強のまとめはこんな感じ。

■基本情報(基本情報技術者試験(FE))とは?

国家資格「情報処理技術者試験」の情報処理技術者向け基本的位置づけ。かっちりとした概要は公式を見てくれ。

IPA 独立行政法人 情報処理推進機構:試験制度:試験区分一覧

ITが絡む企業だと受験を推奨され、中には内定者研修で合格対策プログラムを組まれたり、受験料が会社負担になったり、合格すれば給料上乗せになったりする企業も。(私の会社は合格したら資格手当がポンと一回出るくらい。他の待遇は無いので羨ましい…)

あとIT系企業の就活面接において、話のタネとしてやたら出される。
IT系はセキュリティ面の問題もあって具体的な話が出来ないので、プログラムやらシステムとはなんぞやとを示す一つの指標になっている…のかもしれない。

少し前は「第二種情報処理技術者試験」という名前だったので「情報処理二種」などとと呼ぶ人もいる。

・そして忘れてはいけない試験概要(ざっくり)

※ざっくりなので公式の名称と異なる呼称もあります
試験日:年二回(春秋)
試験時間:午前・午後どちらも150分(途中退室可)
午前:基本問題・80問/午後:応用問題・13問中7問選択して解答(いずれもマークシート方式)
合格基準:午前午後ともに60/100点以上得点すること
配点:午前は一律100/問題数、午後は大問毎に公開・小問は非公開(IPAが合格率を一定にしたいがために受験者の正解率と照らし合わせて配点調整をしているという噂はありますが果たして……)
開催地:各地大学など 
申し込み時に大まかな受験地を選ぶことができます。具体的な場所は届いた受験票で判明します。

こちらも詳しくは公式に記載があったので
IPA 独立行政法人 情報処理推進機構:制度の概要:基本情報技術者試験

事前に調べるといいことあると思います。(不測の事態に陥らないためにも)
特に集合時間や遅刻の際のムーブは、当日焦らないために「把握する」という事実が大事です。

■具体的な基本情報の勉強方法

どうやってまとめようか少し迷ったんですが、
1.勉強期間と各時期毎にしていたこと2.[午前問題について]/[午後問題について]
を書きました。 

①勉強期間と各時期毎にしていたこと

・勉強期間:約3ヶ月間(7月中旬~10月中旬(試験日は10/21))

私は所謂IT企業に入社し、この期間は外部集合研修が終わり社内研修をしてました。社内なので外部研修ほどの忙しさ(毎日課題・テスト・発表の日々)はなかったです。

その中で、1日1時間は基本情報の試験勉強時間とされていました。8月頃までは1日それだけ、9月からは研修自体が暇になったのもあって試験勉強の時間を増やしていました。10月は半日ほどを勉強時間に使っていました。

……社会人にしては多い勉強時間じゃねえか!と何かを投げたくなる気持ちはわかります。現在の私もそんな気持ちだもんな…勉強はしたいが配分できる時間が無エ。

 

・それぞれの過ごし方(3ヶ月前/2ヶ月前/1ヶ月前)

ざっくり:とりあえず過去問を解く、休むときは勉強しない
殆どの筆記の資格試験は「解くこと」で合格すると言っても過言ではない…と思う。過去問は試験を実施してるIPAの公式にPDFがあります。買わなくていいのがすごい!ありがたい!最初のほうは知識定着のために午前問題だけ解いて、徐々に午後問題を解く配分を増やしました。
IPA 独立行政法人 情報処理推進機構:過去問題

この期間を振り返ると、結果として休日は試験勉強を殆どしていませんでした。まあ私がそもそも自宅だと勉強しないタイプなのもあるんですが…ずっと試験のことを考えてしまうことになるのは癪だったので休日は思い切りぐうたらしてました。


【試験3ヶ月前】午前問題のみ解きながら、基礎的な用語や計算を覚えていく

会社で午前問題を1日15問くらいずつ解き、わからなかった用語は調べる、という勉強でした。正直このときやる気があまり無かったので、こなしていただけだったかなあ…。
専門用語の問題がてんでわからなかったため調べることに時間がかかっていたのですが、そういう面ではこの時期時間的余裕を持っていてよかったですね。
また、あまりにも分からない用語はとりあえず

「分かりそう」で「分からない」でも「分かった」気になれるIT用語辞典でざっくりと把握してました。


【試験2ヶ月前】午後問題を解き始める。午前問題もぼちぼち。

労力の配分としては午前:午後=7:3くらい。
午後問題、まじで解けなくて焦る。
しかし後から考えると、解けなくても量や傾向を把握する気持ちで臨むのはアリです。
それは単純に、解けなくても解説を読んで解き方や知識をつけることもあるし、午後問題の特徴である「13問中7問選択」を早いとこ見極める意味もあります。
あと難しくても試験なので、問題(文)に対する解答の傾向ってあるんですよね。例えば、際どい選択肢がある時に正答を選ぶ基準とか、選択肢中に明らかに前提から違う選択肢が紛れ込むんですが、そのパターンとか。その辺は1週間前にガーッとやってもなかなか染み込まないだろうなと思います。午後問題は解く問題を選べますが、この頃は言語選択問題(Java表計算を解いてました)以外は全部解いてました。

そして午前問題は解けば解くほど点が上がって楽しくなってきた(当然頭打ちはありますが)ので、続けて解いてました。
この頃から「午前問題一問一答形式だしスマホでポチポチやればいいな!?」と気づいたので通勤時間を使ってスマホから基本情報技術者試験ドットコムにアクセスしポチポチやってました。
基本情報受験ときたらドットコムと言っていいほどのUIと情報量。調べてみると他の試験対策サイトもあるみたいで、いやはや人の厚意と熱量はすごいなと感じます。

 

【試験1ヶ月前】午後問題を時間を計って解く。午前問題も相変わらず解く。

試験2週間くらい前になるとさすがに焦りが高まってきたので、午後問題の参考書をアマゾンで注文し、退勤後にカフェで勉強してから帰宅するようにしました。
私の場合、自宅だとどうしてもベッドにダイブ→熟睡のコンボを決めてしまうので外でないとまず勉強できないんですよね。一回まっすぐ帰宅し、机に向かい、参考書を開き「これはいけるんじゃね?」と思ったんですが……20分後にはうつらうつらしていました。

せっせと就労後にベローチェに通う毎日。ふちねこキャンペーン(レシートを所定の枚数集めるとふちねこフィギュアがもらえる)中で所定の枚数のレシートも溜まってましたが、店員に言い出せないうちに終了したのもいい思い出。
一回どうしてもドトールミラノサンドが食べたくなりドトールに行きましたが、営業終了時間が早めの店舗だったので食べるだけ食べて帰宅したこともありました。
とは言えあまり遅くまで外にいるのもなあと思い、長くて2時間だったかと。
そんな甲斐もあって、試験当日の3日前とかにようやく午後問題が満足に解けるようになりました。よかった…満足に解けるようになって気づいたけど、午後問題は回によって難易度に差があり過ぎではないか? 午後問題の取捨選択もしたかったのですが、このような理由でどうにも絞り切れず。
午前問題も引き続きスマホからポチポチやってました。基本情報技術者ドットコム中の、分野や出題回を絞り込んで過去問が解ける「過去問道場」を利用していました。

 

②【午前問題について】/【午後問題について】

【午前問題について】

・取り組み方とか

午前問題はとにかく過去問をこなすことを優先していました。パターン、というより「問題そのもの」を覚えてしまうのが早いと思ったからです。

なぜなら、基本情報*1の問題的な特徴として、午前問題は過去の問題が多く出題されることがあるからです。
しかもこれは問題文や選択肢までそっくりそのまま、同じ。それでもって技術の移り変わりも早い情報系ということで、あまり古い問題は出題されません。
つまり近年の過去問を覚え、意味がわからくても正答するというやり方ができる!
なんだかズルをしているようにも思えますが、そういう仕様だし、マークシート方式の筆記試験なので……うん。
ここでフルに頭を使わない分、脳のリソースを苦手分野や午後問題に充てることができると考えればいいかなと。

 ・分野について

午前問題は分野が3つに分かれています。テクノロジ、マネジメント、ストラテジ。問題数割合はざっくりと6:3:2で近年変動無し。
3つの分野はどれも「知らないと解けない」問題がしばしばありますが、その中で特に専門知識が必要なのはテクノロジ分野でしょう。情報系に馴染みの無い人が得点し難い分野なのでは。まあ私がそうだったんですけど…。最初は知らない用語ばかりで焦りましたが、最終的に覚えてきます。
テクノロジ分野は知識が午後問題にも活かせるので、特に苦手がない人でも取り組むといいと思います。
知人では「図を見て何がどうなっているかをイメージで知りたいし、体系的に覚えたいんだ!」という人もいました。そういう人はイラスト付きで解説されているテキストを買ってました。

 私も本屋でパラ見しましたが、わかりやすそうでアリだと思います。この手の解説テキストはやや分厚くなりがちなため、タブレット端末を持っているなら電子のKindle版でもいいかもですね(スマホだと画面幅が足りなくて見づらそう)。

 結果として、分野ごとの得点はこんな感じでした。

テクノロジ系の序盤で見たことのない問題が多く焦りましたが、まさに前日「完全に解いてない回の午前問題を一通り解いてみよう」と思い付きで解いていた問題が出てきました。

 

【午後問題について】
午後問題について色々思い返しつつ書こうとしたんですが私から言えることはあまりなかった。

午後問題は選択問題ですが、最終的な私の試験問題の選択はこんな感じ。

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選択に関しては大問題間の難易度に差があるので、当日問題を見ないと何とも言えないと判断しました。

過去問では例年低難易度・SQLの基本を知っていれば安牌だったデータベース問題に「一歩進んで知らないと解けない小問」が2問ほど紛れ込んできたこと、そしてそれに臨機応変に対応し他の大問(未選択のものに低難易度のものがあったらしい...)を選択することができなかったのが印象に残っています。
あとはソフトウェア開発の選択はJavaより表計算の方が伸びただろうなあと思います。理由は時間が思ったよりあったからで、表計算は関数の意味が巻末に全部記載があるので、それに沿って丁寧に引数(内かっこ)の中が指しているセルの情報と順番があれば順番も見て追っていけばマクロ問題以外は解けるためです。


午後問題の特徴に上記の ①13問中7問を選んで回答する選択形式②問題・資料の文量がそこそこあるので油断すると時間がないことが挙げられます。
についてですが、その内訳として問1のセキュリティと問8アルゴリズムは必須、各分野問題の問2〜7で4問、言語系問題の問9〜11で1問選択します。
そんな中での状況、ややこしい問題をいかに捌いて「60/100点を超えるか」というのが難しい。

少し悩んでググると、「時間対正答率をもとに最適な問題を選ぶ」という方も発見。私が見つけた時点で時間がなかったので取り入れることはしませんでしたが。

qiita.com

 

私も一応選択問題のうち必須のもの・そしてかつ配点が高いもの(「データ構造及びアルゴリズム」と「ソフトウェア開発(Javaとか)」の問題です)を満点取れてしまえば合格の角度を上げられる!とは思いました。
しかし、私はこれらの問題こそ解けませんでした。特にJavaに関しては入社時の研修で一通り学びましたが、問題中の処理について「言いたいことはわかるが、なぜこうなるのかわからん」状態。

という訳で過去問を集中して全体的に解こう、と思い過去問題集+解説の本を購入。
過去問は公式サイトで入手できるものの、解説がなかった(有志サイトやYouTubeにも個別解説はちょこちょこありますが)ため古本の過去問集をAmazonで購入。平成30年受験の28-29年版購入でしたが、これより以前の版だとかなり価格が下がっていました。
ちなみに「よく出る問題集」という題ですが中身は過去問です。見た限り改変もないです。アルゴリズム問題は8問、他は4~5問。ソフトウェア開発の問題は未収録です。単純に過去●回分という訳では無く飛ばしている回もある。
アルゴリズム問題が多めに収録されているのはありがたいですね。問題に使われるようなアルゴリズムの処理はいくつかのパターンに収まるので、8問解けばこの内いずれかと似たパターンの問題が出るだろうと安心できます。

平成28-29年度 基本情報技術者 試験によくでる問題集【午後】 (情報処理技術者試験)

平成28-29年度 基本情報技術者 試験によくでる問題集【午後】 (情報処理技術者試験)

 

 

■「勉強」するまでの取り組み方を考えたい

何だかんだ言って試験勉強は大方やることは大体決まってくるので、あとは当人が必要なだけやれたらいいのです。

が、それができないのが人間。私も現在進行形で悩んでいるし、一生悩んでいるかもしれない。
今回うまく勉強に取り組めたのはうまくエンジンが数発でかかってくれて、かつ持続できたからです。じゃあその原因はと考えると、「半強制的に申し込み、受験料と教材費で自腹を切ったし受かればお金がもらえる」、「同期もやる気のある状態で臨んでいて、対抗心があった」、「業務時間中勉強したのに落ちては恥ずかしい」、「仕事がないので精神的余裕があった」などだいぶ外部環境に影響されているとわかります。
うまく内なる動力で動ければ一番いいんですが...しかしよく「元来やる気なんてものは存在せず、動き始めることによって気分が乗ってくる」とも言いますね。
では原因で最後に挙げた「精神的余裕」(と時間的余裕)が大きくなってくるのかなあ…これらの余裕があれば動け動け、えいやえいやと策を複数講じてエンジンを何度も鳴らすことができますが、余裕がないとこれは難しい。というか一度もできないことの方が多い。
余裕。バッファ。この辺はまた改めて考えたい。

 

■おわりに

そういえば今回の件基本情報試験は、独学で合格した資格試験としてほぼ初のものでした。
簿記3級・2級のときは予備校の資格取得専門コースをがっつり受講したし、遥か昔受けた英検5級は小学生の頃英語スクールでクリスマスに勉強してた記憶。英検準2級は独学でしたが、高校中級程度レベルで高校生の頃に受けたので独学した感は無かったです。

また新たにIT系の資格を取ろうと検討中ではありますが、前述の通り余裕があまりないし、でもプライベートで人と会ったり様々なことを経験したりすることはやめたくないし...という。どうしましょうかね。

*1:他の情報処理技術者試験もそうかもしれない。

社会人になって

社会人になって10ヶ月が過ぎた。

しかししばらくは自社の研修(という名の待機期間)があったので、他社からお金を稼いでいるのは半年にも満たない。

新入り。システムエンジニア、SE。もしくはパソコン作業者。
とは言え想像上のパソコン作業者よりはプログラムを書いたりタグを打ったりはしている。新入りということを抜きにしても、目一杯残業しなければ終わらない仕事は無い。職場の雰囲気も多分悪くはない。通勤も大学に通っていた頃より楽だし早い。
1日が早い。朝かと思ったらもう昼、夜。やっと金曜日になったと思ったらすぐに月曜日。逆も然り。

 

職場からの帰り道、これから何十年先も毎日こんな生活が続くのかな、とふと思ってしまうときがある。
何が不満なんだろう。
もちろん、細かい不満や理不尽な仕組みに苛立つ点はある。事実、メールのやり取りが下手くそすぎる上司、毎月の規定出勤日数に関わらず決められた一定の稼働時間、余りにも質素な作業場はなんとかしてほしい。しかし「それも仕事だ」と言われてしまえばそれまでのものだ。

何か、まだやれるような気がするのだ。実際はやろうやろうと思っている勉強もろくに出来ていないのに。
もしかするとまだ新入りだから頼りにされる責任感とやってやろうという気持ち、その面白さがわからないだけなのかもしれない。
それとも、職場でもっと人間関係を濃密に築くことができればその人たちのために前向きに頑張れるのだろうか。
はたまた恋人や家族をつくったら仕事も家庭の基盤のためと割り切れるのだろうか。

自分でもよくわからないし、転職したからといってこの気持ちが消えるともわからないから会社を辞めるわけにもいかない。そもそも会社の辞め方がわからないし、わずかでも仕事があるのに辞めたら顰蹙を買うのではないかと怖い。まだ大した仕事もしてないのに。

 

とりあえず先を見据えてやりたいこと・やった方がいいであろうことはたくさんある。勉強もそのうちの一つだ。
しかし時間がない。これは私がだらけている時間が多いからだろうか。確かに意味もなくスマホをいじるのをやめた方がいいのは自明の理だ。
でも仕事以外の時間くらい一定量はだらけたいし、だらけているときに様々なことに想いを巡らせるのも大切な時間だ。何よりだらけるのをやめた私は、果たして私なのだろうか。そんな思いがある。

何となく思い出して昔使っていた落書き帳を引っ張り出した。ゲーム、オリジナル、様々なキャラクターのイラスト、独り言のような文字の羅列。空きページがあったので適当に好きなキャラクターの顔を描いてみた。中々うまくいかず、消したり描いたりを繰り返した。また絵を描くのもいいかもしれない。

 

このブログのアクセス解析をたまにアプリから見るのだが、何十日かに一度数件アクセスがある。少し嬉しい。もしかしたら誤タップで1秒と経たずページを離れたのかもしれないが。

この気持ちともつかない感じは進むも戻るも何か不安で、焦るけれど動けない。
この状態がいつか落ち着くときがあるのだろうか。それとももっと慌ただしくなって、そんなことを考える余裕もなくなってしまうのだろうか。

毎日うどん

ここの所、仕事をしている平日の昼食は毎日うどんだ。

よくあるセルフサービスで天ぷらを皿に乗せ会計する店。ちなみに昔記事の中で丸亀製麺が最高だと書いた気がするが、丸亀製麺ではない。

社会人になって4ヶ月目。配属されてからは3ヶ月目。もともとあるかないかわからない程のちっぽけな野心は消えた。
自分の見える範囲でまじめに、適当に仕事を続けていけたらいいと思うようになった。バリバリ社会を動かすのは優秀で大手企業に就職していった大学の同期生らに任せた。
仕事とは別に、趣味として業界知識やその専門技術を学ぶのは楽しいかもしれない。
そう、私は大学を卒業したが、相変わらず知識を得ることも物事を考察することも好きなのだ。オタクだし当たり前か。

 
うどんに話を戻すと、うどんはいいものだ。比較的安価でも温かいので腹が満たされる。
職場は大型オフィス街にあるので昼食のレパートリーには困らない。地下にある飲食店街は和洋中の食事処が軒を連ね、テイクアウトの店も弁当、パン、サラダと充実している。
がしかし当然混む。昼休憩に当たる12時から13時の間に混み合う。そして微妙に値段が高い。基本500円を切らない。都内という場所代を加味してこれくらいが通常なのかもしれないが、これを平日の5日×一ヶ月前続けると社会人1年目のお財布事情的に厳しくなる。
そもそも私は食べるのが遅い。時間との戦いである平日の昼食には、おいて大盛りご飯に副菜まで付いた定食は必要としていないのだ。
コンビニや安い弁当を探して食べることも考えた。
実際外部研修でろくに時間がなかったときはコンビニでおにぎり2個とチョコラBBを摂取していた。ただ、今は自分のデスクで弁当を広げることに窮屈さを感じるようになってしまった。またフロアの中で自分の場所は入口寄りのため、まだ一人で食べるのには少し気が引ける。


というわけでうどんだ。
オフィス街にあろうとうどん屋は基本カウンター席なので、一人分のスペースが広くも狭くもなく存在する。回転率は高いので席が見つからないことはない。温かいうどんをその場で、温かいまま食べられることがなんと幸せだろうか。
釜玉うどんが何と言っても美味しい。釜揚げうどんに生卵とだし醤油を混ぜたものがこんなに美味しくていいのだろうか。
揚げ玉と刻みネギを沢山乗せるとのだが、美味しい。とりの天ぷらを付けると更に美味しい。感動する。
しかしさすがに毎日卵と鶏肉を摂取するのはコレステロールが高いと思い、とり天は2日〜3日に一回に抑え、釜玉うどんとかけうどんを交互に食べている。

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悲しいことに会社の事務所移動が決まっているため、この毎日うどん生活もリミットが近い。
せめてその日まで、うどんを堪能しようじゃあないか。

舞台 「アリスインデッドリースクール 楽園」を観て

8月某日、私は定時で職場を出て池袋の小劇場に向かった。
舞台「アリスインデッドリースクール  楽園」を観るためだ。


きっかけはツイッターのフォロワーが書いた昨年の同公演の感想記事を読んだこと。
私は元々観劇が好きな方なのもあり、興味が湧いた。

ちょうど職場から劇場が近いのもあり、プレイガイドからチケットを取った。数日後にそのチケットは完売していた。

以下、ストーリーのネタバレがあります。


■アリスインプロジェクトデッドリースクール とは

ガールズ劇団「アリスインプロジェクト」によって、曰く「デッドリーシリーズ」として上演されている。今年2018年は8年目。

aliceinproject.com

 

またこれは後から知ったことだが、毎年のデッドリー公演はサブタイトルがそれぞれ付いてはいるが特に続き物ではないらしい。

私は敢えてほぼ内容の予習をせずに観劇することにした。
往年のファンなら体に染み付いているストーリー展開。それをリアルに楽しめる唯一絶好の機会だ。
とは言えキャストや会場の確認のため、公式のツイッターやホームページは何となく見た。それらのぼんやりとした情報から、これはホラーもしくはサスペンス系、そして学園ものだと理解した。

会場アナウンスがスタッフ及びキャスト演じる役の音声でなされた後、いよいよ開演だ。


■オープニングで「勝ったな」と思った

導入、オープニングとして登場人物が言葉を交わしていく。
みなさんかわいいのだが、ちゃんと学生特有の「芋さ」があるのがすごい。
あとこれは今後の場面にも言えるが、このちょっとした場面でそれぞれのキャラクター性が伝わるんだよなあ。 

そして始まる怒涛の展開。日常が壊れる瞬間。
流れるようにオープニングテーマに合わせ歌とダンスが始まる。
正直、ここまでで一息ついたとき「勝ったな」と思った。ヒュー!やってくれたな!という感じ。
ストーリーを知らなかったので何が起きているのか本気でドキドキした。それはキャストの驚き、叫び、恐怖に震える演技の力だと思った。

そして歌とダンスにも見惚れた。素人なので何が凄いとかはあまりわからないけど、迫力を感じた。
パッと見でキャスト全員の動きの角度や止めが揃っているので、全体を一つの大きな波のように見られると言うか。遠くても近くに感じる。シンクロナイズドスイミングを見ているイメージに近い?
歌も一番奥の席まで圧が響いてくる。 

 

■屋上で繰り広げられる「ゾンビパニック物」

「アリスインデッドリースクール」は簡単にくくれば「学園」×「ゾンビパニック物」だ。世界観設定としてはよくあるパターンだと思う。
「ゾンビパニック物」。私はこの系統が好きだ。
アニメも放映された「がっこうぐらし」や、海外ドラマなら「ウォーキング・デッド」など。世界的に有名な作品を忘れてないか?とお思いだろうが、私はあの作品をまともに見た事がなかったので言及しないでおく。
現代世界にゾンビやそれに準ずる存在が突然出現し、日常が変わる。別れと新たな絆。交わることの無かった登場人物同士のサバイバル生活、逼迫した環境における感情の衝突あるいは孤独。仲間がゾンビになったとき、どうするのか─。

人同士のリアルな感情の動きにドキドキするし、何だかんだ生死について前向きに考えるきっかけになるから好きなのかもしれない。

このアリスインデッドリースクールでも、そんな場面が数多くあった。

ただ私がハッとしたのは、演劇という場のある種当たり前なドラマチックな展開に対し「死」がまっすぐにやってくるシーン。いや、厳密には生命的な「死」とも違うのだが…(デッドリーになるので)人間的「死」とでも言おうか。
その女の子は静かに息をひきとる。まさに「息をひきとる」と言ったところで、僅かに発していたささやき声がすぅ……と消えてしまう感じ。
あ、本来人が死ぬのってこんなに呆気ないし、舞台の登場人物達への慈悲も何もないんだよなあ……とショックを受けてしまった。
私も人が死んでしまったときに遭遇したことはあるものの、つい忘れてしまっていた。


■毎年、毎公演同じ世界線を繰り返す「デッドリー」

毎年同じストーリーとは、つまりキャストや演出周りこそ違うものの、毎年同じ世界線を繰り返し上演しているということだ。
(そんな中今年は「アリスインデッドリースクール外編 最果ての星」が当作に続いて上演された。当作から続いた世界線で新たな登場人物が現れるという、当シリーズ内ではだいぶ珍しいことなのではないかと思う)

これは一定規模の劇ではある種当たり前の話だ。複数公演で場所や時を変えながら役者は同じストーリーをなぞる。
毎年同じストーリーの公演とわかっていても、こうも毎年毎公演と普通の女の子が亡くなってしまうのを知っていると、対象が物語の登場人物だとしてもなかなか心が痛む。

なぜこんな話を改めて出したかと言うと、本舞台は物語中にパラレルワールドに言及しているから。
「この非日常はあくまで分岐の一つの世界線として、だとしたら同じ時間軸で日常を過ごしている世界線もあるはず」と考察する科学部員の独擅場もある。

導入やその後世界が一変してからの平和な夜のシーンを合間に挟んだからことによって、それを垣間見た私たちも希望を求めてしまう。
そして舞台の幕が下りるとき、「また」同じだった、日常の世界に戻ることができなかったという思いが湧く。
実際私は、終盤のあるシーンでこの「日常の世界に戻ったこと」をかなり期待したし、一瞬は本当にそうだと信じた。

だがそれは、少なくとも主人公が生きている「現実」では無かった。

現実はつらい、物理的にも精神的にも。今の私からじゃとても想像もできない。

それでも彼女たちは生きている、強さを持ってこの非現実のような現実に立ち向かっている。そんな姿が輝いていました。
また登場人物同士の関係性の変化も見ていて楽しいというか、エモーショナルというか……。生死が関わっているからこそのぶつかり合いや思いやり合いの気持ちに心打たれる。
なお途中言及した「アリスインデッドリースクール外編 最果ての星」もこの2週間ほど後に観に行った。こちらも大変良いものでした。

「アリスインデッドリースクール」、来年もぜひ観劇してこの「現実」を見届けたいと思う。 

alicein.info

なお1月は「悪魔inデッドリースクール」という、またメタな視点のデッドリーを楽しめるようで。
時間さえ合えば行こうかな。